子育て住職 すくすくなる日々

答えのない日々にハハハと笑おう!悩んだ時は思いを捨てて楽になる

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web版お寺の掲示板の第2弾
(今度は本堂内の法語掲示版テイストです。)

 
日常を過ごす中で、

「なんで、うまくいかないんだ。。」
「なんで、こうなってしまったんだ。。」

と、悩み・苦しむ事は多々あります。

仕事でミスしてしまった。
周囲の人と うまくいかない。
親子・夫婦喧嘩してしまった。
ここ一番で体調を崩してしまった。

・・・等々、例をあげると数え切れないですね。

 
今の現実、もう嫌、、、
って頭を抱えこんでしまう事、
私もしょっちゅうです。

苦しみを味わった事のない人なんて、いないでしょう。

 
そんな時に、
このウルフルズ「笑えれば」の歌詞

とにかく笑えれば
最後に笑えれば
答えのない毎日に
ハハハと笑えれば

の部分を聴くと
不思議と少し楽になる自分がいます。

 
私にはこう聴こえます。

とにかく。
笑えればいいじゃないか。
今は苦しくても、今の状態からスタートして、最後は笑っていたらいいじゃないか。
人生には答えもないし正解もないし、
だったらハハハと笑いながら歩いていこう。

と。

 

苦しみってなんなんでしょう?

ブッダは「人生は苦なり」といわれました。
そして、「苦しみとは、思い通りにならないこと」といわれました。

わたしたちは、
思い通りにならないことを思い通りにしようとして、それで苦しむ
「思い」を持てば持つほど、悩み・苦しみは大きくなります。

つまり、ブッダは
(何とかしたいのに)どうにもならないことを「苦しみ」と定義されたのです。

 
例えば。すごく身近な例でいうと、

お気に入りのコップにジュースを入れて飲んでいた時、
不注意で、そのコップを落として割ってしまいました。
床はコップの破片と中に入っていたジュースで水浸しです。

こんな時、どう考えますか?

お気に入りのコップが割れた事を、すぐには受け入れる事ができず、
誰のせいにもできず、
向き合えない現実と後悔の念ばかりがでてくるのではないでしょうか。

「なんで割れたんだ、、。」
「なんでこうなってしまったんだ、、。」

と言ってても、どうにもなりません。
コップは直らないし、床だって水浸しのままです。

まさにブッダのいう、
思い通りにならないことを思い通りにしようとして、それで苦しんでいる。
「思い」を持てば持つほど、悩み、苦しみは大きくなるという事
ですね。

そんな苦しみに対して、ブッダの提示された解決策は、
「思い」を捨てれば、楽になる」という事でした。
「目の前の現状を、受け入れる。そうすれば悩み、苦しみは解消される」と言われました。

思い通りにならない現実、
コップが割れてしまった現実を
もうどうしようもない事と受け入れてみてみると、

「怪我しなくてよかった」
「もしまわりに人いたら危なかった、誰もいなかったのが救いだ」
「とりあえず片付けよう」
「次はコップの置いた位置をしっかり確認しよう」

となります。

直らないコップに、その原因と後悔の念ばかりを追求しているのとは大きく違うと思います。
目の前の思いとおりにならない現状を受け入れた時、
視野が「グッ」っと広がります。
その中からよかった点だって見る事ができます。

簡単な例として、割れたコップを挙げましたが、
そんなコップどころではなく、
押しつぶされそうな悩み・苦しみを抱えている人も、
たくさんおられると思います。

でも、その現実に
もがき苦しんだり、嘆き悲しんだり、戦ったり、怒ったり という方法ではなく、
・目の前の現状を受け入れる事
・思い通りにならない思いを捨てる事

で、その悩み・苦しみが少しでも和らぐのではないでしょうか。
 
 
まぁ、まずは あまり難しく考えず、
 
とにかく笑えれば
最後に笑えれば
答えのない毎日に
ハハハと笑えれば

悩んでいても、苦しんでいても、
答えのない毎日、
ハハハと笑って生きていきたいものです。
 


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