大徳寺とは

当寺は富山県魚津市にあります。
正式名称は「光道山 慈興院 大徳寺(こうどうざん じこういん だいとくじ)」といいます。

大徳寺の由緒

以下は、当寺に伝わります「寺伝」を元に記載いたします。

当寺の開祖は四条大納言「佐伯 有若(さえき ありわか)」と言われております。

かつて、文武天皇の時代、大宝元年2月16日の夜、帝の夢枕に阿弥陀如来が立たれ、
「今より四条大納言 佐伯 有若をして越中の国をおさめさえるならば定めし平和になるであろう」
と、告げられました。

その後、帝は直ちに有若を越中の国司とされ、
越中国司となった有若は、息子である有頼(16歳)と共に当国新川群 保の伏山(やすのふしやま)に館を構えられました。

そして、その後、立山開山の伝説となっている出来事が起こります。

立山開山縁起と大徳寺
大徳寺には、歴代住職から受け継がれた様々な大切なモノがございます。 その中でも 注目を頂いてい...

立山で阿弥陀如来のお告げを聞き、
その後、得度された有頼は、名を慈興大徳(慈興上人)と改め、
片貝川の南側に一宇の仏閣を建立して慈興寺(現在の慈興院 大徳寺)と名付け
立山信仰を広められました。

大徳寺の歴史(当寺、寺伝より)

  • 706年(慶雲3年) 大徳寺の建立

    文武天皇の勅願所として建立される。

  • 1330年(元徳2年) 浄土真宗寺院へ

    およそ1330年頃、本願寺3代目覚如上人の引導により天台宗を改め浄土真宗の寺院となる

  • 1878年(明治11年) 明治天皇ご入御

    明治11年9月29日 明治天皇が入御遊ばされた。

    >> 明治天皇 北陸巡幸での御小休

  • 1927年(昭和2年) 尊皇奉仏伝の建立

    大正天皇御大葬儀の葬場殿一部(15坪)並びに提灯掛1対等の御下賜の恩命に浴し、其の御用材は大徳寺境内に再建して尊皇奉仏殿と命名した。

  • 1937年(昭和12年) 文部省の史蹟指定

    明治天皇が入御された御小休所は御膳水と共に、昭和12年の7月、史蹟として文部省の指定となった。